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2019年9月 9日 (月)

家族愛と迷走の日々

昨年(2018年)12月、実家の母(80代前半)から電話があり、父(90代)が「アルツハイマー型認知症と診断された」ことを知りました。

ここ数年、記憶力が衰えて会うたびに同じ話、同じ質問を繰り返すようになったと思っていましたし、やれ一人旅をしてアポなしで友人を訪ねて相手を困らせた、やれ行き先を告げずに出かけて真夜中近くになって帰宅した、といった事件は母から聞いていましたが、改めて宣告を受けてみるとショックでした。

しかも、母自身は「心臓弁膜症と診断されて、年明けに検査を受けなければならない」と言うのです。入院や手術になったら母のいない間、父はどうしたらいいのか。父は庭掃除や植木の剪定はできても、家事は一切できません。

担当医に話を聞きにいくと、母の病気は進行が速く、放っておくと心不全になったり、突然死したりすることもあるそうです。薬では治らないため、心臓弁を取り換える手術(弁置換手術)が必要で、人工心肺を使用した開胸手術だと23週間から1カ月近く入院する可能性があるとのこと。

これを聞いた母は、「父が心配だし、そんなに入院したら私自身がボケてしまう。それならばこのまま自然に衰えて突然死しても構わない」と言い出し、手術を断固拒否。

ネットや知り合いを通じていろいろと調べるうちに、開胸手術ではない新しい手術があることを知りました。脚の付け根からカテーテル(細い管)を心臓近くまで入れ、その先に巻きつけた人工弁(豚や牛の心膜から作ったもの)を心臓の入口で円く開いて取り付けるというもの。心臓への負担や体力の消耗が少ないため、高齢者でも翌日から歩けるし、1週間以内に退院できるという、夢のような手術です。

ただし、その手術を行なっている病院は全国でもまだ少ないため、かかりつけの医師に紹介状を書いてもらい、母を転院させることにしました。転院先の担当医は、その手術方法を学びに海外留学をし、日本全国を回って普及させてきたその人でした。それだけに、手術を待つ患者は多く、入院の予定も二転三転。実際に手術を受けられることになったのは今年の5月末でした。

さて、今度は父の番です。両親とも高齢ながらなんとか健康を保ってきたため、介護保険料を払っていてもこれまで実際に介護サービスを受けたことはありませんでした。母も、病院の看護師さんから「退院後の生活に支障がないように地域担当のケアマネージャーさんや包括支援センターに電話しておきますので、連絡先を教えてください」と言われても、誰のことかわからない様子。

母から「介護保険の手続きと認定は受けたことがある」と聞いて、その担当者と連絡を取ると、「介護保険によるサービスを受けるには、地域包括支援センター、ケアマネージャーの事業所、介護ヘルパー&家政婦紹介所の3カ所の代表者に集まってもらい、父と母それぞれと契約書を取り交わさなければならない。それも、要介護度、要支援度によって、担当者が異なる」とのこと。さらに、「保証人として家族の同意と署名も必要」で、退院後、「訪問看護師を頼む場合にはその事務所とも契約を結ばなくてはならない」とのこと。しかも、こうしたセンター、事業所、紹介所、事務所はいずれも「土日休業」なんだそうです。

その手続きのあまりの煩雑さと融通の利かなさにビックリ。これでは認知機能が低下しつつある高齢者ではとうてい理解できません。私の場合は実家まで往復3時間で済むので何度も足を運んで手続きしましたが、これが遠く離れたところに住んでいたら、平日時間が取れない仕事を持つ人だったら、どうなるのだろうかと心配になりました。

契約が済むと、ケアマネージャーさんが介護プランを立ててくれます。母の入院中、父を近くの老人ホームで預かってもらうプランも考えてくれたのですが、当の父が断固拒否。そこで毎日2時間、家政婦さん(全額自費)に来てもらい、退院後は両親2人の介護保険を使って週2日各1.5時間、介護ヘルパーさん(料金は自費で頼む家政婦さんの13割)に来てもらうことにしました。その時間をオーバーして仕事を頼みたい場合は、介護ヘルパーさんに自費の家政婦さんとして働いてもらうという「介護保険・自費併用プラン」もできるとのこと。介護ヘルパーさんが家政婦さんに変身するとは目からウロコでした。

母の手術の2カ月ほど前に4日間の検査入院があったときも、自費で家政婦さんに来てもらうことにしました。家政婦さんの訪問時間を書いたカレンダーを父がよく使うテーブルに置いておき、「その2時間だけは家にいてね」と頼みました。1日目、2日目はうまくいったのですが、3日目、父がカレンダーを確認するのを忘れて出かけてしまい、家政婦さんが来ても家に入れない事態が発生。紹介所の代表から連絡をもらって実家に何度電話をしても誰も出ません。結局、父と連絡がついたのは翌朝で、前日のことを聞いてもはっきりした答えは返ってきませんでした。

このすっぽかし事件には参りました。フルタイムで働く弟(やはり実家までは往復3時間)とも相談し、父には内緒、母には許しを得て、父が1日の大半を過ごす実家のリビングに見守りカメラを取り付けることにしました。工学部出身の弟にとっては得意分野です。さっそく量販店に行って、スマートフォンに専用アプリを入れれば、そこからリビングに置いたカメラから様子が見られる「スマカメ」という商品を購入。母の手術入院当日に取り付けました。

このスマカメで時々父の様子を確認、外出しそうなときには私がすかさず電話をかけ、行き先を確かめたり、家政婦さんの到着時間までに帰宅するように促したりすることができるようになりました。こうした「監視」をすることに最初は抵抗がありましたが、やがて介護サービスの方たちに迷惑をかけないためにも、必須アイテムだと考えるようになりました。何よりも朝、昼、晩いつでも実家の様子をこの目で確認できるのは安心感が違います。

転院の甲斐あって母の弁置換手術はわずか1時間半で終了、翌日には点滴なしでスタスタ歩き、手術の3日後には退院。計6日間の入院で済み、医学の凄まじい進歩を実感しました。

母の入院中は毎日、病院と実家と自宅の三角往復になることを覚悟していましたが、実家の様子は見守りカメラで見ながら父と電話で話し、必要そうだったら病院の後、実家に立ち寄ることで負担が軽減されました。毎日家政婦さんが来て、掃除や洗濯、何よりも夕食と翌朝の朝食作りをしてもらえるのは父にとっても私にとっても本当にありがたかったです。

他人を家に入れることにものすごく抵抗があった母も、退院後は週2回、介護ヘルパーさんに買い物と掃除をお願いするようになりました。こうして退院から3カ月が経ち、だいぶ生活が落ち着いてきたと思ったら、今度はケアマネージャーさんが退職。別の事業所のケアマネージャーさんと新たに契約を結ぶため、再び何枚もの書類に父と母と私の3人で署名をすることになりましたが……(話には聞いていましたが、やはり離職率の高い業界のようです)。

昨年末に母から電話をもらったときには、私も弟もどうしたらいいかわかりませんでしたし、母自身も家を売って父と一緒にケア付き老人ホームに入ろうかと悩んだ時期がありました。今でもけっして安泰というわけではなく、小さな事件はしょっちゅう起きていますが、情報収集や介護関係者との相談、最新機器を駆使することによってなんとか対処できています。1日に何度かスマホのアプリを開いて、両親が実家のリビングで仲良く並んでごはんを食べたり、TVを見ていたりする様子を眺めては、今日も無事でよかったと安堵する日々です。

コーディネーター青山

スマカメ(プラネックスコミュニケーションズ)
https://www.planex.co.jp/products/smacame/

 

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