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2019年1月

2019年1月 7日 (月)

マーティン・ベンジャミンです

当ブログをご覧になっている皆様、始めまして、新しく英訳コーディネーターとして入社しましたマーティン・ベンジャミンと申します。以前、川上が親切に紹介してくれましたが、改めて自己紹介させていただきます。翻訳とは直接関係のない内容で恐縮ですが、私が人生で何を学び、どんな人になってきたかという少々個人的な話をさせてください。

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(写真:ワクワクしながら自転車の乗り方を学ぶ幼児のベン)

私が生まれたのは1994年1月18日。出身地はイギリスのロンドンですが、6カ月の頃に両親の仕事のために日本へ来ましたので、ロンドンに対する思い出はほぼないです。インターナショナル・スクールに入学し、小学校ではよくクラスのおどけ者(英語だとClass Clown)となっておりましたが、そのピエロの仮面の後ろでは山のような不安と重荷に潰されそうになっていました。人に嫌われるのを理不尽に怖がって、いつも周りを笑わせていればそうならないと考えてました。そして、これも「他人にとって問題になりたくない」という理由で、その不安に関しては誰にも話していませんでした。不安は酷いサイクルを生み、鬱と混ぜられて、私は年齢を重ねるたびに混乱していき、他人を傷つける大変な人になりました。幸いなことに、6年生でとても親切な教師と出会い、彼の影響で私は何とか怒りを抑えて卒業出来ました(退学に近いという危険な立場でしたが)。

しかしながら、抑え込まれたその不安と鬱は解消されたわけではなく、ただ精神の中でただれていくだけで、中学校と高校の前半は引きこもって不機嫌に暮らしていました。皮肉なのは、11年生になり「もう学校は無理だ」と感じるところまで点数が落ちたときに、「もうこれ以上落ちられない」という気分となり、まるで禅のように精神が落ち着いたことです。でも、小学校のときと同じく、不安や鬱に関しては誰にも一言も伝えておらず、高校から卒業したときは、まるで問題に絆創膏を付けて解決したように思いこみ、生きている状況でした。

幸いなことに早稲田大学の教養学部に入学出来ましたが、小学生のときから拡大していた鬱が勉強のストレスであふれ出し、私はよく授業をさぼり、ただ電車を終点まで乗ってまた家の駅に戻る、または無関心に本を読む、という酷い生活をしていました。自殺を想像するほどで、人生の最悪期でした。その頃の私が生き続けられた人生の光は3つでした、10年も一緒だった飼いウサギのナットメッグ、よく友達と遊んでいたTRPG、そして早稲田に留学していた米国人の彼女でした。こんな生活を数年繰り返した頃、私が単位をとれていないことに両親が気づき、やっと2人と話すことになりました。

2016年の冬、ナットメッグが亡くなり、自分はゲイだと判断したことで彼女と別れた私は、やっとカウンセリングに行きました。カウンセリングではこれまで書いてきたような不安と鬱がどこから、どういうふうに私の人生に影響を与えたかを話し合い、それによっていろいろなことがわかりました。おかげで私は人生を引っくり返すことができ、2018年に初めて元気な精神を手に入れ、大学を卒業し、イギリスに戻って教師免許のコースに合格したあと、トランネットに入社しました。もちろんまだ不安なとき、落ち込むときもありますが、他の人と話したおかげで私に助けの手を伸ばしてくれる友達もいますし、何かが起きたときに、「これはただ耐えるべき問題ではなく、他の人に助けを求めるべきだ」と思えるようになりました。

これまでの人生の物語が長くなりまして、大変申し訳ありません。最後に、これまでの(今月より)25年で私が何を学んできたかを書かせてください。不安障害はとても陰険な精神病です。その影響で、私は他人と気持ちに関して話すのが怖くなります。その上、若い男性は社会的に「気持ちを抑えるのが正しい」と思われていることで、私のように苦しんだ、または今でも苦しんでいる方がいるでしょう。しかしどんな病気でも同じですが、無理やり耐えようとすると鬱のようなより大きな問題に悪化します。難しい一歩だとわかりますが、同じように苦労している方がこの記事を読んでいましたら、お願いです、信頼する人とお話をしてください。カウンセリングもお勧めしたいのですが、日本では保険診療に含まれていません。これはとても悲しい事実だと考えています(両親が親切にも費用を支払ってくれたことは絶対に忘れないですし、そのような特権は無駄にしたくない気持ちです)。

この記事を読んで、「自分は不安や鬱に苦しんでいないけど、そういう人を癒してあげたい」と思われる方がいましたら、信頼出来るサイト、または本を読むことをお勧めします。そして、他の人が落ち込んでいるような表情をしていたら、「どうしたの?」と聞いてあげてください。もしかしたら、相手の方は答えたくないときもあるかもしれませんが、声をかけてあげることが何より大切だと私は思います。

長く、あまりまとまりのない記事になってしまったかもしれませんが、読んでくださった方々に、私に関して知っていただけたら幸いです。そして、現在落ち込んでいる方がいましたら、「悪い日はいつか終わる」という気持ちを伝えられましたらすごく嬉しいです。

次回は、日本とイギリスの歴史に関して書かせていただこうと思いますので、その際はまたよろしくお願い致します。

コーディネーター マーティン・ベンジャミン

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(写真:大人になったベン。結局自転車の乗り方を学べず、どこへでも歩いて行く人になってしまった。)

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