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2017年9月 4日 (月)

ある翻訳者の戦争――小野寺百合子さんのこと

トランネットの会員にはさまざまな経歴や職歴を持った方がいらっしゃいます。長い年月をかけて培った経験や趣味、学習の成果を活かせる翻訳ができたら最高ですよね。

私が高校生だった30数年前、当時女性の社会進出が進んでいたスウェーデンについてレポートを書く機会がありました。家の近くにエレン・ケイの『児童の世紀』(夫の信さんと共訳)、トーヴェ・ヤンソンの『ムーミンパパの思い出』『ムーミンパパ海へ行く』、エルサ・ベスコフの絵本などのスウェーデン語作品を訳されている小野寺百合子(1906-1998)さんが住んでいらっしゃることを知り、内容をチェックしていただきました。

小野寺百合子さんは1939年に第二次世界大戦が始まり、1941年末に太平洋戦争が始まる直前の1940年、在スウェーデン日本公使館付きの駐在武官(軍人外交官)としてストックホルムに赴任した夫の陸軍少将、信(まこと)(1897-1987)さんに同行し、5年間現地で暮らした女性。戦後も貿易やスウェーデン社会研究所の設立を通じてこの国との交流に関わってこられたお二人は、お目にかかったときは70代、知的で上品な老夫婦という印象でした。

それから何年も経ち、たまたま新聞広告で目にした百合子さんの『バルト海のほとりにて――武官の妻の大東亜戦争』(1985年・共同通信社。現在は朝日文庫に収録)を読んで驚愕しました。お二人がスウェーデンで行っていたのは情報活動(スパイ活動)だったと告白されていたのです。

第二次大戦中も中立国として戦渦に巻き込まれることがなかったスウェーデンは、ドイツとソ連の覇権争いの中で国を奪われ、再興を望むポーランドやバルト三国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)の出身者をはじめ、各国のスパイが暗躍する情報戦の場と化していました。それゆえ、ドイツ寄りでもソ連寄りでも連合国(英米)寄りでもない貴重な情報を入手することができたといいます。

ロシア語とドイツ語に堪能な夫が集めてきた機密情報を妻が暗号文に翻訳して東京に打電し、妻は東京から送られてきた暗号電報を解読して夫に渡す二人三脚。暗号を作るための換字表や乱字表の保管も大切な仕事で、盗まれないために着物の帯の間に挟んで、外交官たちと共に情報収集の場でもある社交パーティーに出席する生活でした。

信さんは信頼関係を築いていたポーランド人やバルト三国、ドイツ人のスパイ仲間から、当時、日本と同盟を結んでいたドイツ軍が、ソ連と戦っていた1941年10月にはすでに劣勢にあることを知り、「日米開戦不可ナリ(アメリカと戦争をしてはいけない)」と30数本の電報を東京の陸軍参謀本部に送り続けましたが、自分たちにとって都合の悪い情報は信じない上層部に握りつぶされ、12月8日、真珠湾攻撃が始まってしまいます。

また、戦争末期にはソ連が日ソ中立条約を破って日本に戦争を仕掛ける情報もつかみ、打電しますが、これまた無視され、その結果、ソ連は満州に攻め込み、日本兵はシベリアに抑留され、自力で日本に引き揚げなければならなくなった民間人への略奪・強姦・虐殺が行われ、混乱の中で親と生き別れた中国残留孤児が発生するという悲劇が起こります。

戦争中の情報活動とその挫折をずっと胸に納め、翻訳者として活動していた百合子さんが、戦後40年経って告白する気になったのは、日本が戦争へとなだれ込んでいった時代にもその波に抗い、危険を顧みず非戦を訴え続けた人間がいたことを、沈黙を保っていた夫に代わって記録しておこうと思い立ったからだそうです。

この記録をもとに歴史が掘り起こされ、NHK特集『日米開戦不可ナリ~ストックホルム・小野寺大佐発至急電』(1985年)や信さんをモデルにした佐々木譲の小説『ストックホルムの密使』(1994年・新潮社)、新聞記者による綿密な取材をまとめた岡部伸著『消えたヤルタ密約緊急電――情報士官・小野寺信の孤独な戦い』(2012年・新潮選書)、同著『「諜報の神様」と呼ばれた男 連合国が恐れた情報士官・小野寺信の流儀』(2014年・PHP研究所)が発表されます。昨夏には薬師丸ひろ子・香川照之主演でNHK終戦スペシャルドラマ『百合子さんの絵本~陸軍武官・小野寺夫婦の戦争』も制作されました。

お目にかかったときにはうかがい知ることのできなかった数々の真実が30数年かけて明らかになっていくさまには目を見張るものがありました。

第二次世界大戦中、政治風刺雑誌にヒットラーやムッソリーニを揶揄する挿絵を描いていたトーヴェ・ヤンソンがムーミンの物語を書き始めたのは奇しくも1945年、戦争が終わった年からでした。

百合子さんが訳された『ムーミンパパの思い出』にはこんな一節が出てきます。「世の中で、なにかよいこと、あるいは、ほんとうによいと思われることをしとげた人は、みんなだれでも、じぶんの一生について、書きつづらなければならないのです。それはその人たちが、真理を愛し、かつ善良であるばあいのことですが」

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コーディネーター 青山ship

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